スミダハイツ~隣人恋愛録~

「お仕事、大変そうですね」

「うん。でも、好きだから苦じゃない。愚痴りまくってるけど、弱音を吐いたことは一度もない」


201号室の住人は、真っ直ぐな目をして言った。


突き刺さる。

晴香は顔をうつむかせた。



「強い方なんですね」

「強い? ……俺が?」

「何事においても、貫くには、精神力が必要でしょう? 『好きだから』だけじゃあ、どうにもならないこともある。でも、あなたは」

「何だか恋愛の話をしてるみたいだなぁ」


晴香の言葉を遮り、201号室の住人は苦笑い。



「俺はそんなにすごい人間じゃないよ。ほんとは臆病なんだ」

「……臆病?」

「仕事も、恋愛も。かっこつけてるだけで、実際はいっぱいいっぱいだし」


201号室の住人は、鼻筋の通った、精悍な顔をしている。

傍目に見ても、モテるだろうし、何でも簡単にこなしてそうな感じがするが。



「花屋はカレシいんの?」

「いません」

「そっか」

「あなたはいますか?」

「俺に『カレシ』がいたら怖ぇだろ」

「じゃなくて。恋人という意味です」


いちいち会話がめんどくさい人だなと思った。

201号室の住人は、なぜか「うはは」と笑い、



「どうかなぁ。よくわかんない」


恋人かいるかどうかという質問の答えが、『よくわかんない』とは、これいかに。

それこそ『よくわかんない』だ。



「俺はさぁ、今もくっだらないトラウマを気にしてるだけのやつだから」


201号室の住人は、そしてまた苦笑いした。