『草抜き屋』という職業があるのかどうかは定かではない。

いや、それよりも、草抜きに上手いも下手もないだろう。


褒められているのか、それとも馬鹿にされているのか、晴香は判断に迷った。



「花屋です」

「うん?」

「仕事。花屋で働いています」


あまり言いたくはなかったが、わけのわからない『草抜き屋』だと思われるよりはいい。

201号室の住人は、「花屋」と、晴香の言葉を反芻させ、



「かっこいいな」


ふっと笑う。


なぜ笑われたのか、わからない。

何が『かっこいい』のかは、もっとわからない。



「なぁ、花屋」


また声を掛けられたが、それが自分に話しかけられたものであるというのを理解するまでに、数秒かかった。


晴香は挨拶をする際、確かに「水嶋です」と言ったわけだが、どうやら201号室の住人に、それは記憶されていないらしい。

それにしても、職業名で呼ばれるなんて。



「花屋はさぁ、何で無心になりたいと思ってんだ?」

「……え?」


またしても、思いもよらぬことを言われた。

晴香はどうにか焦りを顔には出さず、



「誰にだってあるでしょう? 考え事をしたくないなと思う時が」

「まぁ、そうだな」


201号室の住人は、それ以上、深く追求しようとはしなかった。

晴香はほっと安堵の息を吐く。


ツバメが空を低く横切った。