スミダハイツ~隣人恋愛録~

もごもごと言うことしかできない麻子に、榊は息を吐いた。



「マジで覚えてねぇのかよ」


呆れているみたいな口調だ。

麻子はもはやパニック寸前だった。



「だ、だから、思い出せないから聞きたくて」

「知るか。男の前で無防備に酔っ払って、ふにゃふにゃしてたやつに教えてやることなんか、何もねぇよ」

「……そん、な……」

「どうしても知りたいなら、自分で思い出せ。馬鹿」

「榊くん!」

「うるせぇなぁ。俺は悪くねぇからな」


榊は吐き捨てるように言う。



「ちょっ」


と、制しようとした瞬間、こめかみに激痛が走った。

麻子は文字通り、頭を抱える。


榊は距離を取って麻子を見据え、



「付き合ってらんねぇよ。俺もう行くし」


追い掛けて、襟首を掴んで泣きながら「教えてくれなきゃ死んじゃう!」とでも言ってやりたかったが、でも実際は、麻子はその場から一歩も動くことができなかった。



いい気分のまま、酒を飲んで、酔っ払って。

一番壊したくなかったはずの関係は、記憶もないまま、いとも容易く壊れてしまった。


壊したのは、多分、私だろうけど。



「榊くん……」


声にならないほどのかすれた声で、麻子はその名を呼んだが、もちろん届くわけもない。

麻子はずるずると崩れるように、その場にしゃがみ込んだ。