黒ずくめの青年はそう呟くと、再び口の端を少しだけ上げた。

 「鈾……お前か!」

 小林と言われた中年は慌ててベットの枕の下に手を入れて、今度は勝ち誇ったような表情で右手を黒ずくめの青年に突き出した。

 「丸腰で何のようだ!」

 黒光りする物が何を意味するのか、暗い室内でも容易に想像が付きそうなのだが特に動揺する気配もなく青年は一歩前に進んだ。

「来るな!」

黒光りする拳銃を握り締め、トリガーに躊躇なく指を掛けた小林は狂ったような叫び声を上げて引き金を引くと、青年は踊るかの如く弾をその身に受けた。一発、二発……六発目で銃弾の発射される音が消え、あとはカチャカチャという何の迫力もない音と焦げた臭いだけが広い部屋に漂った。

「驚かせやがって、しかし丸腰でやって来るとはとことん馬鹿な奴だ」

小林は倒れた青年を見下ろしながら安堵の表情を浮かべつつ、手にしていた拳銃をベットに投げた。

 「それで終わりか……」

六発もの弾丸を浴びてその場に倒れ込んだ青年の声が何故か小林の背後から発せられた。そして、次の瞬間小林の首元に医療用のメス程の大きさの細いナイフがピタリと張り付いた。

 「もう、お前が何処まで情報を知り得りえているのか等は関係なくなった……」

目の前に倒れている青年が分身の術でも使ったのか、其れとも侵入したのは一人では無かったのか全く理解が出来ない状況に小林は只々狼狽するばかりであった。

 「いや……おい、今までお前に色々便宜図って来た仲じゃないか、頼むから……な?首元の危険な物外してくれないか。それに、俺が居たから今の仕事に有り付けているんだろうが……なぁ頼むよ」

おかれている状況を完全に把握出来ていない小林は、目の前で倒れている青年とナイフを首元に突きつけている青年と同じ声を発する者との区別が出来ぬまま、何とかこの不利な状況から脱しようと声を震わせた。

「貴方は知りすぎた」

青年の暗く抑揚のない声が、割れた窓ガラスから容赦なく吹き込む風にかき消されていく……
果たして青年の声が小林の耳に届いたのかは定かではない。

「身体は置いて行くか……」

鮮血に染まるベットサイドで、鈾と小林に呼ばれた青年の声が風に舞った。
 遠くでパトカーのサイレンの音が鳴り響いている。こちらに来るものか、それとも違う現場か……