今宵も光の洪水に飲み込まれる帝都の六本木に乱立する高層ビル群の一つ、二菱ホールディングスが開発した高級マンション、ヒルズ六本木のA2棟の35階、一人の男がマンションを背にして浮いていた。黒で統一したジャケットとパンツ姿の男は浮いている事すら感じさせない表情で、ジャケットの内ポケッから細めの煙草を取り出すと周りを気にすることもなく火をつけ、紫煙を強いビル風にゆっくりと吐き出していた。ライターの明かりで一瞬浮かび上がった男の顔は、青白く朱色に染まる瞳と髪の毛、煙草を咥える唇は紫色と人というのにはいささか不気味さを醸し出している。しかし、全体の雰囲気から見るとまだ青年と思われるその容姿ではあるのだが、身長が180に迫ろうかと言うのに体格は痩せぎすの感が否めない。
 眼下に広がる東京の夜景は何処かこの青年にはそぐわないのは何故だろう……しかし手元から伸びる紫煙は青年を艶妖に絡めそして風に流されていく。
 青年は、煙草を吸い終わると携帯灰皿に吸殻を入れて、赤いカーテンで隠された窓の方に表情を変えることなく振り向いた。そして携帯灰皿をパンツのポケットに収めると、何の躊躇もなく右足で分厚いガラスへ蹴りを入れた。室内側に吸い込まれるように飛び散るガラスと今しがたまでお行儀良くぶら下がっていたカーテンが狂喜乱舞するかのように踊るのを見た青年は、口の端を少しだけ歪め割れたガラスの鋭利な部分を気にする風でもなく自らの身体を部屋へと潜り込ませた。

 「なっ……何者だ!」

 30畳ほどある広いベットルームで中年の頭の薄い男が布団を蹴り上げて本来なら絶対あり得ない所から侵入して来た黒ずくめの青年に向かって吠えるように叫んだ。
 中年の男は侵入して来た青年の顔を唖然とした表情で見やりながらも、腰を抜かす事なくベットサイドて身構える事は出来ていた。ましてや中年の男の身体は見るからに鍛えられており、一見すると痩せぎすの青年の方が不利に見えなくもない。

 「おはよう……かな?小林」