「大丈夫ですか」
壁に背中を預け、そのまましゃがんでいた私に声がかかった。
講義も終わったのに何をしてるんだろうと、通り過ぎる人は思ったことだろう。
どんな人が通り過ぎたのか記憶にないが。
顔を上げると、どっかで見たことがある顔だった。
秀才っぽい眼鏡をかけた、爽やかな青年だ。ワイシャツに薄いカーディガンを羽織っている。
「何処か具合でも悪いんですか」
「あ、いいや大丈夫です。ちょっと考えごとしてて」
恥ずかしいな、と立ち上がり行こうとした。
だが、「真咲さん」と呼ばれ驚いた。
大学生にもなって、誰かから個人の名前で呼ばれることは珍しい。


