名波の後ろ姿が、少しずつ小さくなる。
加原は、もう後を追って足早に歩くのをやめていた。

声をかけない方がいいかもしれない、と思ったのもあるが、今名波の顔を見てしまったら、なにかが決定的に駄目になる気がしていた。
刑事としても、男としても。

角を曲がり際に、街灯に照らされて見えた名波の格好に、気付いてしまったのだ。

名波のスカートの柔らかそうな裾が、膝のあたりで揺れる。
『りんご』にいる時とは全く違う、控えめに露出した細い脚と、ヒールの低い靴。
ゆるめのシルエットのカーディガンが、海からの風で翻る。

いつか名波が着たら似合うだろうな、と思ったような服装とは少し違うが、清楚でシンプルなりに、普段はしないような格好をしてくれたのだ、ということはわかった。
それがわかったから、それ以上、追いかけられなくなってしまった。

(かわいいな……)

そう思った瞬間に沸き上がったのは、名波への想いとは別の、またデートのドタキャンへの申し訳なさとも違う、罪悪感だった。

名波が自分のためにあんなにお洒落して待ってくれていた間に、加原があの校長から聞いたのは、きっと知られたくなかったに違いない彼女の過去だったのだ。

どんなにクラスで浮いていたか、どんなに孤独な存在だったか。
被害者の男子生徒をどんな気持ちで刺したのか、一瞬でも、加原は考えてしまったのだ。

それは名波に対する、とんでもない侮辱のように思えた。


名波は踏み切りを渡って、まっすぐに海の方へ向かっていった。
やがて加原は、目を逸らす。

名波を好きだと思う前に、名波に触れたいと思う前に、名波に好きだと言う前に、自分にはやらなくてはいけないことがある。
確かめなくてはいけないことがある。