名波の背中ばかりを見ているうちに、加原の中に、昼間は忙殺されて表れなかった感情が、むくむくと膨らんでくるのを感じていた。


平河名波。

加原が初めて聞く名前だった。
考えてみれば、『名波』という名前が姓名のどちらなのかすら、知らなかったのだ。

年齢と、館町市の生まれということ以外は、出身高校も学生時代の話も、何も知らなかった。
だいたいいつも、加原が一人で話して、名波は相槌を打つだけだった。

何も言わないようにしていたのかもしれない。
多少なりとも心を開いてくれたと思っていたのは、加原の勘違いだったのかもしれない。
加原が「自分は刑事だ」と言った日、黙り込んだのも、妙な反応を見せたのも、今なら頷ける。

懲役は五年だった。
十七歳の女の子にとっての五年間だ。
人生の中で一番重要な五年間と言っても、過言にはならないだろう。

もう十分償ったはずなのだ。
例えアルバイト先の喫茶店の常連が刑事だったからといって、もう、そんなことにいちいち怯える必要はないのに。


名波の口数の少なさや、俯き加減の大きな目や、ほとんど変わらない表情が、その五年間から大きく影響を受けて形成されたものなのだと、気付いてしまったら。

覚悟決めなきゃな、と、加原は呟いた。