泣き顔の白猫


加原は、眉を潜めた。
体温が下がったような錯覚。

発見された遺体の状態は、それはもうひどいものだったはずだ。

転落の際にできた裂傷は身体中を覆っていて、海水と潮風に晒された皮膚は、もとの形も色もなにも留めていなかった。
鳥につつかれてさえいた。
身元の確認は、所持品と歯形で行うしかなかったほどだ。

それというのも、場所がもっと下の方、海面に近い岩の上で、発見が遅れたせいだった。
少なくとも歩道上で死に至ったなんてことは、考えられない。

「とどめを刺したんだよ。……落ちた被害者を追って、歩道を上がって来たところを、また下まで突き落としたんだ」

安本が、低い声で言う。

「ひどいことするもんだ」

悲痛な声。
この声を聞くたびに加原は、安本の強い感情移入と責任感に、感嘆さえしていた。

刑事として、必ず必要な特質というわけではない。
むしろ時には邪魔にさえなるものだ。

だが被害者や、時には加害者にまで見せる同情は、様々な人の心を開かせてきた。

加原にとっては、可愛がってくれる気のいい先輩というだけでなく、刑事としての目標とも言っていい存在なのだ。
優しい人だ、なんて言葉では片付けられないほど、自分のことのように苦痛を表す安本に、加原はせめて必死でついていこうとしている。