スラックスのポケットに入れた携帯電話が鳴って、加原は立ち止まった。

もう残るあては『喫茶りんご』しかなくなって、車を署に置いて駆け込んだのだが、マスターは驚いた顔で、「今日はまだ来てませんね」と言った。
それを聞いた次の瞬間には店を飛び出して、もう十分以上も付近を走り回って探している。

走るのをやめると途端に、汗が全身から吹き出した。
ワイシャツの襟元に指を突っ込んで、ネクタイを雑に緩める。

荒い息を整えることもせずに受話ボタンを押すと、急いで調べてほしいことがあると車を置きがてら頼んできた、同僚の声だった。

「もしもし? さっきの、三年前の」
「どうだった!?」

食い気味に訪ねると、「お、おぉ」と、面食らったような声が返ってくる。

「大学生の自殺だろ? 確かにヤスさんの担当だよ、滝元さんと組んでた頃。でも事件性はないって」
「そっか、さんきゅ」
「え、おい」

できるだけ言葉少なに言う。

通話を切ろうとすると、その前に、耳元でなにか異変が起きていた。
「あの、ちょっ」という同僚の声と、「電話変わりました」という、落ち着いた声。

「本田係長……」
「滝元さんがどうしたって?」
「説明はあとでします」
「加原、お前、何を知ってる?」

加原は逡巡ののち、言った。

「五年前、館商高校の事件と、あと、三年前の丸井って男の自殺。今回の連続殺人と関係してるんです」
「え?」
「すいません、急いでるんです、今は失礼します」

加原はそう言うと、電話をポケットに突っ込んで、また走り出した。