「加原が? 何話してたんだか。どうせケチだとか酒飲みだとか、そんなんだろ?」
「頼りになる良い人で、『りんご』の常連だったって」
「あぁ……加原にあの店のこと教えたの、俺だったな」

横目でちらりと曲がり角を振り返ってから、安本は「悪いことしたな」と言った。
名波は、怒りで自分の声が震えるのを感じた。

「謝られる筋合いなんかありません」
「いや、俺が二人を引き合わせたようなもんだ」
「だからってどうしてあなたに、謝られなきゃいけないんですか。どうして加原さんと知り合ったことを、あなたに謝られなきゃいけないんですかっ……」
「……いい子だな、あんたは」
「いい子……? 前科持ちですよ?」

皮肉たっぷりに、名波は言う。

自分が逮捕されたのも、懲役五年の判決を受けたのも、安本のせいではないとわかっている。
わかってはいても、安本の手にあるナイフを見ても、昂りはじめた感情を抑えることはできなかった。


安本が最初に家に来たのは、畑野優馬が殺された数日後のことだった。

何度か自宅へ来ては、畑野とのことを色々と聞いて行く。

そこまではまだ、別にどうでもよかった。
名波も答えられることはほとんどなかったし、むしろ罰ゲームや松前佳奈子のことなど、名波よりも警察の方が、畑野については詳しかったかもしれない。

それがある日、違う顔ぶれと一緒に来た。
体格のよくて声の大きい、そして思い込みの激しい話し方をする、名波が最も苦手とするタイプの人間を、上司だと言って紹介された。

そして、ドラマや映画でしか聞いたことのないような台詞を、安本は言ったのだ。

『詳しい話を聞きたいので、ちょっと署までご同行ください』

実に五年もの、“ちょっと”だった。