「お待たせしました」
考え事をしていた加原の意識は、他でもない名波の声で、現実に引き戻された。
隣を通ったことにも気付かなかったようだ。
「カフェラテです」
「あ、はーい」
「食器、お下げしましょうか?」
「はい、お願いします」
先ほどのカップルの席だった。
ソーサーに乗ったカップを二つ、静かに置いてから、空になった食器をトレイに乗せる。
そして、一瞬躊躇ってから、「あの、」と声を上げた。
「こっちが、先に淹れた方なので……」
あの固い表情のままで言っているであろう、少し緊張した声。
控えめなそれを加原の耳が拾ってしまうのは、偶然なんかではない。
顔は、上げなかった。
一瞬の沈黙があったあと、嬉しそうに笑い声をあげて、女性の方が言った。
「ありがとうございます。直輝、こっち飲みなよ、こっちのが冷めてるから」
「あ、うん」
会釈でもしたのか、少しの間のあとに、名波が踵を返してこちらへ歩いてくる。
やはり目を合わさなかったが、傍目にわからない程度の恥ずかしそうな表情は、容易に想像がついた。


