愛のかたまり

「昨日までちいさな歯を見せて笑っていたのに、抱いてやると腕の中でやわらかく弾んでいたのに。すごくちいさくて、おもちゃみたいな棺だった」

 顔を覆った手のひらの透き間から、沈殿していた暗黒が染み出してゆく。

「結局、優香子とは何も言い争いというものをしなかったけれど、ふたりの間にはいつも冷たい空気の流れる道ができた。優香子はアルコールに頼りきりになってしまったし、私はもう、参ってしまっていた。余裕の欠片もなかった。

 そんな時に、街で昔の友達に偶然会ったの。彼が彼女になっていることに多少驚いたけれど、でも、どうでもよかった。誘われるままに店について行った。

 その頃の私は恥ずかしいくらい、もう世界は終わりだみたいな顔をしていたと思うけれど、誰も何も訊かないで屈託なくいろんな話をしてくれた。皆ひとりずつが弱くて傷ついていて、でも強かった。

 私は帰らなかった。

 帰れなかった」