(若林のN)「デモを横目に見ながら、朝昼晩とアルバイトにあけくれた。
幸いこの1年、学園はバリケード封鎖され、試験はすべてレポートになっ
ていた。杏子からの返事もなく、連絡もつかず、多忙の中、いまさら幼馴染
でもあるまい、と忘れかけていた。何よりも海外出発準備が最優先だった。
・・・・・・・・・・・・・そして」

ドラの音。霧笛の音。
カモメの声。蛍の光。
人々の別れの声。霧笛。
音が遠のいていく。

(若林のN)「出発前の年の暮れにもう一度杏子に手紙を出した。
旅先から必ずたよりを出すと書いて。しかし、この出発の3ヵ月後に
杏子は急逝するのだ」

カモメの群れる声。
遠くでポンポン船の音。
(駅員)「広電宮島。広電宮島。松大船乗換え。
一番線から広島駅行きがまもなく発車します。
ご乗車の方はお急ぎください」

(車掌の声)「広島駅行き発車します」
扉の閉まる音。
(若林)「ふう、まにあった」
電車の動き出す音。
(車掌)「次の停車駅は地御前、地御前」

走る電車の音。
(若林のN)「この電車で6年間、毎日瀬戸の海を
ながめながら広島まで通学した。ほぼ1時間で町の中心に着く」

電車の止まる音。
(車掌)「ええ、天満屋前です。白島線は向こう側。
ほらあそこ。乗り換えてくださいや」