ただいま――。
六朗はわざと大きな声を出した。一人暮らしには広すぎるマンションにはよく響いた。靴を脱ぐと、靴下とシャツを乱暴に脱いで洗濯機に放り込んだ。

ベッドに転がると、ふぅとタバコの煙を吐くように息をついた。タバコは学生時代以来吸ってない。六朗はマイルドセブンの水色のパッケージを気にいっていたが、とくに理由もなく止めた。親友の良昭にある日、ポケット灰皿と残りのマイセンを全て渡した。

六朗は壁に掛けてある家族写真の、中でも母と祖母に目があった。そして今日の数時間前、渋谷のレストランで佳織さんが言っ た台詞をそっくりそのまま思い出した。

「私たち結婚してみましょうよ」
六朗は僅かな沈黙のあと応えた。

「いいんじゃない」

この曖昧なやりとりの後は結婚の話題に2人は触れず、とくにホテルに寄るでもなく駅で別れた。

六朗はこの2つの発言を頭の中で反芻し、自分が佳織さんと結婚することを意味する会話だと当然ながら結論づけた。

だとしたら自分は何をすればいいのか?。
しばらく考えたがなにも答えはでず、2本ビールを冷蔵庫から出すと、いっぺんに飲み干した。そしてそのままベッドに潜り、寝た。