シャクジの森で〜番外編〜

「私のミスです。私が―――っ私さえ、目を離さなければ」



隣に苦しげに声を発するウォルターがいる。

無理もないな。

彼は私より先にここにいて、忍びデートを尊重し、陰ながらも彼女を懸命に守っていたのだから。

しかし――――



「ウォルター、君のせいではないよ。長官である私の責任だ」



薄く形の良い唇から、いつになく低い静かな声が出る。

それには氷のような冷たさが含まれ、抑えきれない殺気が込められていた。

いつもの優しげなオーラは消え去り、ひりひりとした殺気を鎧のように体に纏っている。

ウォルターに言葉をかけているのに、冷酷非情な色を宿したブルーの瞳は犯人をとらえたまま動かない。




「おい、お前動くな!そこのお前も・・・こっちに来るな!この女を刺すぞ!」


エミリーの首に当てられたナイフがギラッと光る。



「っ・・・、パトリック様、ご命令を!」


「指示するまで誰も動くな。そこの紳士方も。この国の兵士長官である私の命に従って貰う。好き勝手なことはしないで頂きたい」



三人の紳士たちの動きがピタリと止まり、互いに顔を見合わせている。



―――さぁ、どうする?

エミリーは犯人の腕にがっちりと抱え込まれ、口はごつごつした手で塞がれている。


薄汚れた衣服・・・泥に汚れた靴・・・サンドベージュの髪。

あの無駄な贅肉のない引き締まった体つきは、普通の民ではない。

特別な訓練を受けて得たものだろう。

一分の隙のないあの様子は相当な手練れとみえる。


何日も剃っていないのだろう、顎の無精ひげがかなり伸び、顔つきはかなりやつれている。

かなりの長い日数逃亡生活を送っているか。


今朝国王より見せられた姿絵と面差しが違うが、あの男は間違いなく指名手配犯カイル・ベクトだ。

そして、あの紳士たちは彼を追うサディル国の兵士。

まさかここに現れるとは―――



『パトリック、こんな情報がサディル国から来ておる。生憎王子は休暇中じゃ・・・我が国の国境警備を潜りぬけるとは思えぬが、心にとめておけ―――』



油断していた。

国王から情報を得ていたのに。

見るからに怪しい男であるのに、早く気付くべきだった。

あの時、花を見つめる君があまりにも可憐で美しくてつい見惚れてしまい、通りを歩いていたあの男の異変に気付くのが一歩遅れた。


私は君ではなく、君の周りを見るべきなのに。

警戒するべきなのに。

君から目が離せないとは、全く情けないよ。



カイル・ベクトを捕らえるのは簡単だが、無理をすればエミリーを傷付けてしまう。

それだけは、絶対に出来ない。

必ず無傷で助ける。

私の命に代えても。