シャクジの森で〜番外編〜

ふ・・と息を吐き、気を調えたスミフのバイオリンから奏でられる緩やかな旋律。

再び、広間の中が静まり返る。

その音色から、森の雄大さとそこに生きる小さなものたちの息吹や声が聞こえてくるよう。


小動物が草を食み、風が木々の葉を揺らし、射し込む光が草を花を育てる。

まるで、すぐそこに、光りと緑が溢れる森があるかような錯覚に陥る。



―――・・この曲、この音色だ・・・。

いつかもう一度聴きたいと、心の片隅にずっと残り続けていた、あの――――


穏やかであり厳しくもあった、まるで、父上のような曲。

あたたかく、新しくもあり、そしてとても懐かしい―――


父上と一緒に過ごしたことや貰った言葉の数々が身の内によみがえる。



“いいか。決して、無理をするものではないぞ”



―――父上・・―――


張りつめていたものが、プツリと切れた気がした。



「ね・・・ね・・お兄様?どうかしたの?大丈夫?」



いつの間にか傍に来ていたシンディが、心配げな声を出しながらハンカチを差し出していた。

その行為に驚きながらも、ぼやける視界を自覚した。



「あぁ・・これは。私としたことが―――何でもないよ。感動しただけだ」



ハンカチを受け取り目頭を拭く。

まさか、涙するとは・・・。

音楽というものは、想いも景色も感覚も、一息にその当時に戻らせてくれるのだな。

本当に、素晴らしい力を持っている。



「―――ありがとう、シンディ。良い誕生日になったよ」

「本当!?良かったわ。喜んでもらえて。ね、お兄様?最高の、特別な贈り物だったでしょ?」



あのお店のことを知って、本当に良かったわ。


そう言ってにっこりと笑うシンディを抱き寄せる。


アランの言う通りだな。

良い妹を持って、私は本当に幸せだ。


曲が終わり、先程よりも大きな拍手を浴びたスミフに、もう一度感謝の意を伝えて握手をし解放する。


楽士達の視線がどうにも熱いのだ。


場を離れると、待ってましたとばかりに寄ってきた楽士や年配の紳士達にあっという間に囲まれていた。

暫くは、あのままだ。



―――あぁそうだ。

彼女は、何処に行った?



目立つのを嫌がる彼女が、よくこのような場でダンスを披露してくれたものだ。

礼を言わなければ。


辺りを見回せば、入口付近の壁際にエミリーがいるのを見付けた。

ハンカチで涙を拭うエミリーを、アランが気遣っているように見える。

どうやら、感動したのは私だけではないらしい。

気になるが、今はサリーを探さなければ。


広間の中、あらゆる方に目を向けるが、赤毛の女性はどこにも見当たらない。


まさかとは思うが、先に帰ってしまったのか?