シャクジの森で〜番外編〜

こちらまで急いで走ってくるが、その足取りは軽やかで僅かな音も耳に届かない。

息を切らしているところから察すれば、アランの塔からずっと走って来たのだろう。

紅潮した頬とふっくらとした唇。

相変わらずメイクなどなくても、君は愛らしく、美しい。

アランの傍まで来れば、広場に広がっていたピリピリと張りつめた空気が一転し、彼女特有の柔らかなオーラに包まれる。


―――あたたかいな―――



「アラン様・・間に合って良かったわ・・」

「エミリー。昨夜に“見送りはせずとも良いゆえ”と、申したであろう?」


窘めるように言いながらも、肩からずれ落ちた彼女のショールを直すアランからは、先程までのぴりりとした鋼の気が消え去り、普段からある王子の威厳だけが残った。

全く、とても同一人物だとは思えない。



「でも、わたしは、妻らしくしたいのです」


少しでも・・と言葉を続ける彼女の唇を指先で止め、「全く、君は・・・仕方あるまい」と溜め息混じりの呟きをもらし、アランは後ろに控えた警備兵に目を向けた。


「・・警備兵、早朝よりご苦労であった」

「―――は」


言葉を掛けられた警備兵が神妙な顔つきで一歩退き頭を下げる。

恐らく彼はお叱りを受けると思っていたのだろうが、それは無いだろう。

彼なりにエミリーを止めただろうことは、容易に想像出来るからだ。

彼女はか弱く見えるが結構意思強く、選ばれた者とはいえ一介の警備兵では制御するのは非常に難しい。

それをアランは身を持って解っている。

勿論、私も。


「・・・しかし―――よく、起きることができたな。今朝は、普段よりも更に起き難い筈だが?」


武骨な手が彼女の腰を引き寄せ、この脚腰で、よく走れたな?と耳元で囁くように話しかけている。

内密のつもりだろうが、私には聞こえてるぞ、アラン。



「ぇ・・?ぁ・・はい。あの・・・どうしてもお見送りしたいのですもの、頑張りました。・・・アラン様?お気をつけて行ってください」



恥じらい頬を染めて見上げる彼女は傍から見ていても愛らしく、案の定、アランの瞳が甘い艶を含んでいく。

これは、不味いか?



「・・・そうだな。折角の見送りだ、まじないを貰おうか」



アランの指が彼女の顎にかかり固定させるが、言われた意味がわからないのだろう、アメジストの瞳は開いたままだ。


「え・・・おまじない、ですか?」

「そう。何よりも強力なものだ―――・・・良いな?目を、閉じてくれぬか」



ぇ?だの、ここで?だのと、小さいが戸惑いの声を上げているのが聞こえてくる。


エミリー、全く、その通りだよ。