本庄が近づいて説明する。
「亡くなったお母さんの形見やそうで」
「形見?日本人の血が混じってんのか?」
「さあ、ようわかりませんが」

奥さんが笑顔でうなづきながら、
「着てる着物もいいけど、この微笑み、
モナリザみたい。やはり眼差しは超一流ね」

二人は10枚を丁寧に眺め、見つめ、ため息混じりに
顔を近づけ、ぶつぶつ言いながらうなづいていた。

急に奥さんが顔を上げて、
「ねえ、あなた。この夏の新作展『関西水彩コンテスト』
に出品してみましょうよ。まだ間に合うわ」
「そうやな。1点に絞って出してみよか」

本庄はじっと二人の会話のなりゆきを眺めている。
奥さんが本庄に向き直って、
「ねえ、本庄さん。あとは私達に任せてといて。
どこまでいけるか分からないけど。入選は狙えるわ」

「はあ?」
「最終発表は8月末ごろ。それまでこの10枚預からせてね。
絶対に悪いようにはしないから。題はもちろん、
『朱家角の女ひと』オーケーね?本庄さん!」

本庄は奥さんの迫力に押されて小声でつぶやいた。
「ええ、どうかよろしくお願いします。これから
春の観光シーズンで店の方が忙しくなりますので」

「分かったわ。何かあったら連絡します。
私達に任せといて。ねえ、あなた」
「ああ、ひょっとしたらひょっとするで」

「では、よろしくお願いします」
本庄はそう言って画廊を出た。


春の観光シーズンは6月一杯続く。修学旅行と
一般の観光客とで嵐山はごった返す、