そんなわけで私は柏木様とカンナのことを気に掛けながら、日々を過ごしつつ
それでもこのマンションには小さなトラブルが絶えない。
その日は3048室のお客様、アサノ様、某大手の家電会社社長様、引退されて今は会長職につかれている―――から夕方19時に電話が掛かってきて、
『今から30分後に出かけないといけなくてね。参ったよ、休日だったし』
「いかがなされました?」
幸いにもアサノ様は無理を言ってくるお客様ではない。
例のごとく聞くと、
『シェービングジェルクリームを切らしていてね』
「かしこまりました。ご希望のメーカーなどはございますか?」
『えっとね…』
アサノ様ご希望のシェービングジェルを手に入れてイシカワ君に運んでもらおうとしたときだった。
「ウチヤマさん、それがエレベーターが故障してて」
「まさか全機やられてるわけじゃないだろう。使えるので行きなさい」
「それが、エレベーターを制御するシステムが故障してて…」
なにっ!?
「つまり全機使えないってことか」
アサノ様のお部屋は30階の南側。
私は腕時計を見下ろした。
アサノ様はあと20分後には出かけられる。
あれこれ考えてる暇なんてない。
私は走り出した。
「ちょっ…ウチヤマさん!どうするつもりですか!」
と声を上げながらイシカワ君もあとを追ってくる。



