相手に想い人がいるというなら、お前はどうなんだ?
そんな疑問が頭に浮かんだが、エルクは言葉にすることを避けた。
それは、聞いてはいけないような気がした。
「……だからお前は、誰にでも甘い言葉を囁くのか?」
「はい?」
「自分は浮ついた人間に見せて、相手の家から破談の話が来るようにしたいんじゃないのか?」
アデルは、一瞬だけ金色の瞳を丸くした。
「……そんなこと、ありませんよ。何故私が自分の評判を落とすような真似をしなければならないのですか」
止めてください、と肩を竦めたアデルに、エルクは鋭い視線を送り続ける。
アデルが笑ってみせても、厳しい表情を崩さないエルク。
「お前は、俺に嘘を吐くのか?」
責めるようなきつい口調。
真剣なエルクの眼差しに、アデルは笑みを引っ込めた。
「……俺が女性たちにいい顔をするのは、ただ敵を作りたくないからですよ」
「……」
「ご令嬢に不愉快な思いをさせては、私もやりにくいので」
嘘を許さぬ真っ直ぐなエルクの瞳から目を逸らす事なく、アデルは美しい黒の瞳に向き合った。
エルクは唇を堅く閉ざし、目を伏せた。
どこか物憂げな表情に、アデルは微かに眉をひそめる。
「俺はお前が心配だ」
唐突な言葉に、アデルは首を傾げた。
「そんな打算的な生き方をしていて、疲れないのか?」
言葉にしてから、エルクは後悔した。
咄嗟に口を押さえたが、言葉はすでに吐き出されている。
アデルが優しく微笑むから、エルクは尚更に胸を痛めた。
