エルクは椅子へと座ると、正面の椅子を顎で示した。
「長旅、ご苦労だったな」
労いの言葉に、微笑を浮かべながらアデルは頭を下げた。
そして、優雅な動作で椅子へと腰掛ける。
「エルク様、まだ十七でしょう」
シェーダ国に、子供は飲酒禁止という法はない。
実際にパーティーの場になれば、エルクは嫌でも飲まなければならないのだ。
だが、成長に悪影響を及ぼす可能性もあるので、若いうちは自重せよというのがシェーダの方針である。
エルクはにやりと笑うと、「わかっている」と頷いた。
「これは酒ではない。ただ葡萄を絞っただけのものだ」
ラベルに書かれた葡萄酒の文字に目を向けながら、アデルは呆れた息を吐く。
「何故わざわざ紛らわしい真似を……」
アデルはビンを手に取りコルクを外すと、どろりと赤い液体をワイングラスに注ぐ。
液体を眺めながら、エルクは微笑んだ。
「お前が中々来なかったからな。暇つぶしにラベルを張り替えた」
どうしてそのような真似を、と口にしかけてやめる。
エルクにとっては、一種のじゃれあいなのだ。
彼はあまり器用ではないから、人との接し方も不器用になってしまう。
アデルは何も言わずにグラスに口を付けた。
甘味の中に程よい酸味が混じり、飲みやすい味をしていた。
