何よりも先に憧子を思わなかったのには、わけがある。

大丈夫だと、思ったのだ。

憧子と自分は。

距離が離れても、気持ちまで離れてしまうとは、なぜか思えなかった。

それでも偶然彼女に知られてしまうまで、俺は引っ越すことを言い出せなかった。

担任に話し、様々な手続きを始めてからもう数日経っていたのに、実感がなかった。

彼女に伝えた瞬間に全てが現実になってしまうのだと。

それを自分は何より恐れていたのだと、憧子に知られたあの時に、初めて気づいた。

それでも、毎日毎日、黙々と部屋の中の片づけをした。

たくさんの段ボール箱が日ごとに増えていく。

増殖するあらゆる不安に囚われた日々に、憧子から接触を避けられたことは

いっそ逆に俺の心を安心させた。

ひどい話だ。

携帯にもメールにも返事がないのは、彼女の気持ちが自分から離れていない

証拠だと、示されている気がしたからだ。

そのくせ、「これからのことを話したい」と、彼女に迫った。

甘えていた。くだらない、ガキだ。

「二人で終わらせるの?」

あの涙声が、耳に響く。

まっすぐ俺を見つめていた、強い、茶色い、大きな目。

どんなふうに言えばいいのか、わからなかったんだ。

憧子の気持ちがひたむき過ぎて。

自分の気持ちが彼女を想い過ぎて。

ついに今日まで、何も答えが出ないまま、来てしまったんだ。