ヤツに惚れた女はあたしが知ってるだけでもそれこそ大量にいる。だけれども、仕事を優先する男は付きまとう女性に冷たく当たる。単に、邪魔らしい。

 研修中も、どうにも好きになってしまったと玉砕覚悟で告白した同期があっさりと冷たく拒否されて、そのショックで辞めてしまったことがあった。ほんとに玉砕しやがった!!て皆で呆気に取られたものだ。

 あたしはその時光と遠距離恋愛中で、その頃の彼は、都会でのあまりにもえぐい研修に疲れて号泣するあたしを電話で毎晩慰めてくれたものだった。

 だからあたしは、稲葉さんを呪いこそすれ恋愛感情をもつなどあり得なかったのだ。

 既に鬼教官にぼろぼろだったあたし達は「ヤツはホモに違いない」と影で日頃の恨みを込めて言っていたのだが、たまにびっくりするような美人の事務員とデートをしたりして、ホモではないことをあたし達に見せ付けていたりした。

 その時に耐え難きを耐えた自分に勇気を集め、「稲葉さんは事務員さんとは付き合うんですか」と尋ねた女子がいたのだ。あたし達はその勇気に拍手した。

 ヤツの返答は――――――――

「俺は営業だから、同じ会社の営業職とは付き合わない。それではお互いがしんどくなるだろう?」

 だったよなあ、確か・・・。恋愛が仕事の士気に直結すると面倒だから、らしい。

 それを笹口さんに伝えると、彼女はタバコをもみ消して言った。

「じゃあ繭ちゃんは望みがあるってことよね。だって今は支部長職なんだし、会社から固定給貰う身分になったんだから」

 あたしは一瞬、固まった。

「・・・ホントだ」

 寒さでかじかんだ両手を缶コーヒーに押し付ける。あらあ、そういわれてみれば、そうか。

 もうヤツは営業じゃないんだ。年齢差は8歳あるとは言え、稲葉さんは童顔の甘え顔、繭ちゃんはすっきりとした美人で実年齢より上に見えるから、並んでも丁度いいかも・・・。うーん・・・だけど・・・・。