目を閉じて、おでこをあわせる。
稲葉さんに抱きしめられながら、布団の中。この現実をいつまでも覚えていたいと強く強く願った。
「・・・ずっと、こうしかったんだ。やっと手に入れた」
あたしは涙を一粒流す。それは彼の指でふき取られる。
「泣くな」
「・・・はい」
「笑って」
「・・・はい」
その日は夜がくれるまでそうやっていた。抱き合って、笑いあって、ベッドの上でご飯を食べたりした。
車で家まで送ってくれてついでに母親に挨拶していくと言う彼を、そんな必要ないですから~と必死で止め、車に押し込む。
「また、明日」
窓を開けてくれたのであたしは覗き込んで笑う。
「おやすみなさい」
ハンドルに手をのせて、稲葉さんも笑う。
「じゃあな――――――また、明日」
テールランプが消えて見えなくなるまで見送っていた。
3月の夜の風があたしの髪を撒き散らす。だけどちっとも気にならないで、あたしは微笑んでいた。
嬉しかった。体が甘くなったようで、ただ立っているだけでも溶けてしまうかと思ったくらいに。
体の芯から温まって、ゆったりと波に揺られているようだった。
白い息が空に昇る。
もう冬も、終わりだった。



