「すると、その客は、事故にあって下半身不随になった」
え。
あたしは片手を口に当てて声を押さえ込む。カフェで絶叫するわけにはいかない。
「ひき逃げで、結局加害者は判らず終い。そうなれば治療費は本人持ちになる」
楠本さんから笑顔が消えた。厳しい顔になって、過去の話を語る。
「無理のない保険料で、そこそこの内容。無保険よりは断然良いが、もう2度と保険には入れない体になってしまった若者には全然足りない保障内容だった。客からもその親からも感謝を貰った。あの時すすめてくれてありがとうって。だけど―――――――稲葉は、自分を責めたんだ」
心底満足いく設計をしなかった自分を。
客の希望保険料にあわせて、あっさりと保障を削ってしまった自分を。
もう少し、もう少しだけでもちゃんとニード喚起をしていれば、本当に役立つ保険をもてたのにって。それでも決して払えない保険料ではなかった。これは、相手を納得させられなかった自分の落ち度だと。
あたしは言葉が出ない。
確かに、保険の営業は日々顧客の一大事に接している。文字通り人の生死に関わる仕事だから、そればかりは仕方ない。
だけど、稲葉支部長・・・・。
「相手の一生を左右する、この仕事はそういうことなんだ、と本当の意味で理解したんだな、その時に。以来、独力で自社商品も他社商品も研究しまくって、設計に全力を尽くすようになったんだ。いい内容なら、自分も自信をもって勧められるし、お客様も納得してくれるって」



