ま、こうなったら一緒か。挙動不審な女にはこの人は慣れてるはずだし、と勝手に決め付けた。
あたしは小さく深呼吸する。絶世の美男子が前にいるけど、こんな経験一度の人生でそうあるもんじゃない。楽しみなさい、玉緒!!
女は度胸、と心で唱えてあたしは笑顔を向ける。そして全身の勇気を奮い起こして話しかけた。
「・・・稲葉支部長に聞いたんですが・・・楠本FPは、現役営業の時女性から契約を頂かなかったって本当ですか?」
カップを口元で止めて彼は苦笑する。
「・・・本当です。自分に課して、バカみたいに守ってたな」
いやいや、バカじゃないでしょ、それ。すんげーことだぜ、おい。
心の中で突っ込んでたら、でも、と楠本さんの声が聞こえた。
「俺は、稲葉の方が凄いと思うけどな」
うん?・・・営業の時の稲葉さんが、何?
あたしは首を捻る。楠本さんと稲葉さんと、あと南営業部の高田さんとが3人揃って有名だった。楠本さんの契約件数やなんやについてはよく噂に上がったけど、あとの二人についてはかなりのイケメンだってことだけだった。
あたし達研修組は個人的に中央の稲葉が鬼教官なのを知ってはいたけど、噂にすらなってなかったのだ。
「・・・支部長の営業の時の、何が凄かったんですか?」
あたしは真っ直ぐ楠本さんを見た。楠本さんはしばらく黙ってあたしを観察しているようだったけど、やがて淡々と話し出した。
「あの支社の男性営業部で、誰よりも自分に厳しかったのは稲葉だ」



