あたしは凝視していたことにやっと気付き、慌てて咳払いをした。
「はい、お名前は勿論。・・・びっくりしました」
楠本さんが素晴らしい笑顔であははと声を出した。
「稲葉言ってなかったのか。たまたま出張でこっちに来ていて、会議にも出てたんだ。営業中に、悪かったね」
いえいえ、と急いで手を振る。いかん、どうしても仕草が大げさになってしまうぜ。いやあでも仕方ないか!こんな美形目の前にしたら!自分で言い訳をした。
稲葉さんが書類を鞄から出したので、あたしはマスターに断ってカウンターで判子を取り出す。
稲葉さんが梅沢さんの相手をしてくれているうちに、やってしまわなければ。
するとあたしの隣の椅子に楠本さんが滑り込んで、ビール下さい、と注文した。
あたしが、え?と思って振り返ると、彼はまた笑う。
「何も注文せずに帰れないだろ、お店に来て」
あたしは何とか、そうですね、と呟いた。
・・・素敵過ぎる~!!切れ長の瞳はやんちゃそうな光りがあって、通った鼻筋に、綺麗な口元。しかも、声までいい~!!ハスキーな、ちょっと掠れた声。
ぐんぐん脳内糖度がアップして困ってしまった。手が震えて判子がぶれないように、めちゃくちゃ力を入れなければならなかった。落ち着くんだ、あたし!!
稲葉さんが甘え顔なら、この人は歌舞伎顔だ。どっちにしろ、目の保養としては最高級。あたし、今日はついてるなあ!!
まさか噂の「北の楠本」にも会えるとは思ってなかった。同期に電話して自慢しなくては。



