君の知らない空



「ちょっと用事を思い出したから、出かけてくる」


母に告げて家を出た。
今日は一日家に引きこもるんじゃなかったのかと、母は口を尖らせてたけど構うものか。腫れぼったい目は必死で冷やしたら、少しだけマシになったような気がするから良しとしよう。


目指すは月見ヶ丘駅。家から夕霧駅まで、緩やかな下り坂を自転車で滑り降りていく。駐輪場に自転車を停めて、電車に乗り換えたら月見ヶ丘駅に直行だ。
休日に職場の最寄駅で降りるなんて初めてだし、変な感じ。


自転車を見つけたビルの近くには、ローカルだけどニュースを聞きつけたらしき人たちがうろうろしている。私もそんな風に見られてるのかもしれないけど。


まだ周辺は焦げ臭く、すっかり火は消えているはずなのに燻っているように見える。焼けた居酒屋の隣のビルの周囲を探すが、自転車は見当たらない。


確かにこの辺りに、ちらっと一瞬だったけど映ってたのになぁ……来るのが遅かったのかもしれない。


「橙子? 何してるんだ?」


聞き覚えのある声に驚いて、背筋がピンと伸び上がる。恐る恐る振り返ると、そこにいたのは桂一だった。


「桂? どうしてこんな所にいるの? 今日も仕事?」


聞き返したら、桂一も驚いた表情で返事に困ってる。どうやら今日も仕事らしい。


もしかすると、桂一がここに居るのは私と同じ理由なのかもしれない。


桂一は赤い自転車が彼の自転車だと知っていて、テレビのニュースに一瞬だけ映った赤い自転車を観て駆けつけたのかも……と思ったら、


「ああ……いや、急に呼び出されたから、俺もよく分からないんだ。昨日はごめんな」


と思いきり否定した。
とりあえず安心したけど、どうして呼び出されたんだろうと余計に気になる。