アカボシの帝國

 ほっとした気持ちで、改めて女性を見てみると、信じられないくらいの美人だった。
 もし、学生時代に同じクラスにこの人がいても、私なら友達にならない。
 少しきれいすぎて敬遠してしまう、それくらいの美人なのだ。
 私とは、似ても似つかない。
 同じなのは、黒いスカートだけだった。
 いや。
 その黒いスカートさえも、違うのかもしれない。その人の、黒いスカートは、少し変わったデザインで、前身頃に黒いシフォン生地でカシュクール風になっている。
 私のファストファッションとは雲泥の差だ。
 きっと、私が入るのを躊躇していたような店のものだ。
 「・・・あの」
 女性は、ぼーっと黒いスカートを見つめる私に、話しかけていた。
 「はい?」
 「本当にありがとうございました。この子を保護してくださったそうで。そのうえ、ジュースまでごちそうになりました。」
 女性は、横目でちらりと空になったグラスを見た。
 「いいえ。たいしたことはありません。あなたの黒いスカートと私を間違えたみたいで」
 私は言ってから、なぜか後悔した。雲泥の差のスカートの話など出すのではなかったと。
 「そうなのですか。本当にありがとうございました。お世話になったお礼を何かしたいのですが」
 「いいえ、いいえ。本当にお気遣いなく。それでは、仕事がありますので」
 私は、女性の前を立ち去ろうとした。なぜか、早く戻らねばならない気がした。その感覚がいったいどこから来るのかわからないまま、私は考えることをやめようとした。
 「待って。あの、では、名刺だけでもいただけませんか?」
 その人は、私の腕をつかんでいた。どうしてそこまで?と思わないでもなかったが、私はその場を立ち去りたい一心で、ポケットから名刺を出した。
 「では」
 渡すだけ渡して、私は二人の横を通り過ぎた。
 女性からは、上品な香水の香りがした。
 私は気がつかなかった。私の背中を、見つめる視線に。