「母さんか…?」


お兄ちゃんは私の髪を拾いながら聞いた。



「ほっといていいよ。お兄ちゃんまで叱られるよ」


私は鼻血を拭きながら言った。



「もうちょっと早く帰って来てやればよかったな…」


お兄ちゃんの言葉にまた涙がにじんだ。



私は1度見たことがある。


塾の帰りに髪の長い女の人とパパが歩いているのを。


長い髪が気に入らないママの気持ちはそこから来たのだろう。



私は部屋でもう片方の髪を切った。



窓からは道路をはさんだ向かい側の斜め前に建つ綾の家が見える。



キッチンがある1階の窓には灯りが見えた。



笑う綾の顔と綾のお母さんの顔が想像できた。



私は心から綾になりたいと思った。



勉強が苦手でも走るのが遅くても泣き虫でも…


お母さんに優しく笑いかけてもらえる綾に、私はなりたかった。



この世界はなんて不公平なんだ…



11歳の私は絶望に陥っていた。