「で、君はもう大丈夫なのか」

沈黙を破ったのはそんな一言だった。

私が起き上がってから気まずい沈黙が数分続いた。
静かな時も沈黙も、嫌いでは無いが、状況が状況だけにかなり耐え難かった。

「えっ…あ、は、はい」
「そうか。ならいい。」
……。

また沈黙。

私にはこの空気を打破する勇気はないので相手が何か話しだすまで待つつもりだ。
その間に目の前の人を観察する事にした。

面長で釣目、眼鏡をかけている。
生地の上等なスーツに、革靴、よく見ると、眼鏡も銀縁の高級そうな物。身分の高い人なのだろう。
それに、スーツには金に光る、バッジがつけてある。
梟とリーフの彫刻された、黄金色のそれ、
身分の高い者を示すそれ、
光って…綺麗で…

「あれ…?」
見覚えがある。
誰かが、記憶の片隅に居る誰かがそれを誇らしげにつけていた。

嫌悪を隠す事すらしない瞳に見下ろされ、
侮蔑と嘲笑を込めて、
言われた一言。
『汚い子供。』

思い出した。
昔、お屋敷にいらした旦那様のご友人の方がつけていた。
そしてその人は私を醜いと、汚いと言った。
そうだ。
何故この事を忘れていたんだろう。
そういえば、その人の職業は何だっただろうか。確か…、
「政治家。」
頭上から声が降る。
「え?」
「政治家のバッジだ。」ああ、そうだ。
政治家だ。
「君はこのバッジが好きなのか?」
「好き…?」
好きでも嫌いでもない、というのが正直なところだ。
彫刻は綺麗だし、光る様を見ているのは楽しい。
だが、どうもこのバッジをつけていた人を思い出すと嫌悪を催してしまう。
「嫌いではないです」
間をとって、どちらともつかない返答をした。