「…誰だ」

嗄れた、けれど凛とした声が響いた。
 良かった。
誰かは気がついてくれたらしい。


「た…す……て…」

もう一度お腹に力を込めて声を出した。

「何処だ?」

カサカサと音をたてて誰かは近付いて来る。

…何故だろう。
そんな疑問が浮かぶ。
 誰かが近付いて来る度、痛みが和らぐのだ。

「君か?」

嗄れた声がして頭上を仰ぐ。

はい。
精一杯の笑顔を向けた。
ちゃんと笑顔になったかはかなり怪しいが。

「どうした?」

あーあのですね…。
胸が痛いんですよ。
それはもうとてつもなく…。
…、という事を伝えるために再び笑顔を向けた。
怪訝そうに顔を歪めたのを見て、これは失敗だったな、と思う。

そもそも私の選択がおかしいんだ。

何もかも。

私は間違いをおかし過ぎている。

ああ…。
私は何て愚かなんだろう。

助けてくれるかもしれない人が居るというのに、何も言えやしない。


 この際、なりふり構っていられない。
目の前にあったズボンの裾を握る。
もう縋りつくしかない。
「…?
大丈夫か…君…
具合が悪いのか?」

そうなんですよ!
という思いを込め必死に首を縦に振る。

「何処か痛いのか?
見せてみろ…」

くっきりと皺の刻まれた手が伸ばされる。
 ぼうっとその手を見て、綺麗だな、と思った。
この人の持つ厳格さとか冷静さとか、この人の全てがこの手に集約されている気がした。
 
私はこの人の事など何も知らないのに不思議なものだ。

手が私の頬に触れた。

冷たくて、火照った身体には心地が良い。

「え…?」
「な、なんで!?」

心地よさに浸っていた私に衝撃が走った。
私を襲っていた痛みは嘘のように消えてしまったのだ。

あれ程痛かったというのに。
一体、何故…。


呆然とする私よりも目の前の人は呆然としていた。
それはそうだろう。
助けを求めていた少女がいきなり叫び出したのだから。


「あー…
えと、こ、こんにちは」
これが私の精一杯の穏やかな挨拶だったのだが、やはり呆然としたままの人を見て、また失敗をしてしまったと思った。