「お姫様だよ、お前は」

「……えっ」


 高速道路からの街並みをぼんやりと眺めていたら、静かに運転していたはずの篤紀が、突然話しかけてきた。

 助手席で昔の自分を振り返っていた私。

 頭の中を覗かれているような気がして慌てたけれど、もしかすると、無意識で声に出していたのかもしれない。

 とっさに口を手で覆うと、電子タバコを吸い終えた彼は窓を閉めてから「お姫様体質だって言ってんの」と言葉を付け足した。


「なかなか言えねぇぞ、残業で深夜に帰った彼氏に“明日起こしてね”なんて。起こせば今度は“迎えにきて”だ。一体どういう神経してんだか」

「ああ、なんだ。またその話?」

「なんだじゃねぇよ。こっちは3時間しか寝てないんだから。ひとりだけすっきりした顔しやがって」


 30分前にも同じことを言われたような。

 相当眠いのだろう。タバコの本数はいつもより増えている気がする。

 なんだか、社会人になってから怒りっぽくなったなー。


「仕方ないじゃない。今日は絶対に寝坊できない日でしょ? ちゃんと起きれるか不安だったの」

「俺じゃなく家族に頼めばいいだろ」

「親はどっちも朝が弱いの。兄は昼夜が逆転した生活だし、妹はひと声しかかけてくれない。起きないと起こすことを諦めちゃうタイプ」


 一方の篤紀は「この時間に起きたい」と伝えておけば、5分前から電話を鳴らし続けてくれる人。

 起きたからといってすぐに切ったりせず、きちんと体を起こすまで話し相手になってくれる。

 頼むなら、断然こっちでしょ。


「じゃあ、せめて、当日に“迎えに来て”はやめろ。急に言われてもこっちは……」

「ていうか、言わなくてもわかるでしょ、彼氏なんだから。モーニングコールの後で“おやすみ”って言われたときはビックリした!」

「いや、俺エスパーじゃねぇから頼まれてもねぇのに迎えになんて行かねぇし」

「え? ちょっと待って。そもそも、今日は一緒に行くことになってたよね? その約束は忘れてないでしょ?」

「ああ、一緒に行くって約束はした。でも、俺は出発ギリギリまで寝るつもりだったんだ。少しでも仮眠とってる間に、お前はタクシーかなんかでウチまで来るのかなって……」

「そうしてほしいなら、ちゃんと言って! 言ってくれなきゃわかんないよ!」

「はぁ? お前さっきと言ってることが違うだろ。付き合ってれば言わなくてもわかるって……」

「あー、もういい! 過ぎたことだし面倒くさい! この話はもう終わり!」


 身を乗り出してくる篤紀を見て「運転中だし、これ以上言い争わないほうがいい」と思って、耳を塞いだ。


「っとに。都合が悪くなったらそれだ」


 ……まだ言ってる。

 本当、何歳になっても私たちのこういうところは全然変わらない。


「さてと」


 篤紀が再び静かになってから私は口の両端をクイッとあげた。そして窓の向こうに微笑みかける。


「……皆さん、お久しぶりですね」


 イライラしたときは自分ひとりの世界に入り込むのが一番!


「百瀬美和、23歳になりました」

「げ……また始まった」


 篤紀が横槍を入れてくるけれど、気にしない。何も聞こえませーん。


「え、“美和ちゃん綺麗になった”? 皆さん、それは元からですよ!」

「……」

「ん? “メイクはナチュラルなのにエレガントで色気もある”? あははっ、そりゃあもう立派なオトナですから!」

「……」

「今は自分のことも“あたし”じゃなく“私”と言うようにもなりましたし!」

「……」


 車は信号待ちになって、運転席からの視線をひしひしと感じる。気にしないフリをしてるけど。


「短大を卒業してからは、ファッションモデルとして雑誌を中心に活動しています。最近はテレビCMのお仕事も……」

「あのさぁ」


青になって再び車が動き始めた時、黙って聞いていた篤紀が声を遮ってきた。