「待てよ、ってことは……」


俺は猛ダッシュで階段を降り、一階にある時計に目をやる。



「嘘だろ……」



時刻は10時を回ろうとしていた。


部活はとっくにに始まってるし、すでに遅刻がどうこう騒いでいるような時間じゃない。


俺は鞄を引ったくるように取ると靴の踵を踏んだまま、自転車に跨がり全力疾走した。





案の定、顧問にはこってりと絞られた。


別に今日に限った事ではないが、こんな日の帰り道は心なしかペダルが少し重く感じる。

蜩(ひぐらし)の鳴き声も今の俺には欝陶しい雑音でしかなかった。


全くあいつのせいでろくな事がない。 本当に、とんだ疫病神だあいつは。


そんな矢先だった、あの運命の電話がなったのは。


鞄の底に僅かな振動を感じた俺は携帯を取り出し応答した。



「はい もしもし?」



電話の相手は母さんだった。 何でも祖父が腰を痛めたとかで、今から病院に連れていくから今夜は夕飯が作れないのでコンビニで済ませとけと、内容はそんなものだった。


「ハイよ」と適当に返事をして俺は電話を切ると、急いで病院へ向かう。


今朝は連絡も無しに行かなかったから姉さんはきっと怒ってるだろうな。


だが病室のドアを開けた瞬間俺は絶句した。


何故なら姉さんの横に今1番会いたくないあいつの姿があったからだ。



「今朝はどうしたの?」

「ごめん……いや、寝坊しちゃってさ」



ボソッと「誰かさんのせいで」と付け加えると、俺はその誰かさんを思いきり睨んだ。


だが誰かさんは相も変わらず憎たらしい笑顔でこちらを見据える。


そんな俺達のやり取りを、誰かさんの見えない姉さんは訝し気な顔をして見つめる。



「どうしたの? なんか音穏くん……昨日から変だよ」

「き、気のせいだって。 それより姉さん……」

「わかってる、ご飯はちゃんと食べたから」



姉さんはうんざりしたように言うと、続けて「そうね、やっぱり気のせいだわ。だって今日も小姑みたいに口うるさいんだもの」と言って笑った。