そっと重ねた唇を離すと。


振り切るようにくるりときびすを返して、拓海は今度は振り返らずに、小島のブロックを身軽に駆け下りた。

街灯が照らす薄暗い中を、飛び石を軽やかに渡っていく。


(拓海……)


その拓海のすらりとした後ろ姿を見ながら、また涙があふれる。

――何も泣くこともないのにね。

拓海はちゃんといるんだから。

もうすぐ5歳の、かわいい、あたしの王子様。

そして、その心の中に生きている、あたしを「ママ」と呼んでいた、小さな王子が。



拓海はあっという間に川を渡って、川原にいた人影のところに走っていった。


(あれは、あたしなのかな……?)


暗くてよくわからないけど。

帽子からわずかにこぼれる、くりくりの髪の毛が見えた気がした。