月夜の翡翠と貴方



「その名をつけたのは、誰だ?」


ルト、と言おうとして、やめる。

マテンにとってのルトは、ルトではない。

…ああ、普通に呼んでは駄目なのか。

いや、これは普通ではないのかもしれないが。

なんて、面倒なのだろう。

私は小さく口を開くと、慣れない名前を、慣れない呼び方で言った。


「……シズ、様」


襲ってくるのは、強い違和感。

私はシズなんて男、知らない。

敬称をつけて、呼んだことなどない。


私の口から出た名前に、マテンはひどく満足そうだった。


「…そうか…シズどのがつけたのか。せっかくだ、相応しい名であるし、このままにしておこうか。ジェイド」


…では、私の名は、まだジェイドのまま。

そのことに、酷く安堵した。

私は、まだジェイド。

ルトが咲かせた、翡翠葛。

ジェイドの名は、今の私が唯一ルトのものだったことを、残す証。

よかった、よかった。