月夜の翡翠と貴方



…………なんだ?


男は、店の奥へ入る。

埃くさい小部屋に通される。

しかし、その部屋には人間の姿はない。

不審に思っていると、突然後ろでバン!という大きな音がした。

そのあとすぐに、ガチャンという金具が擦れる音がする。

「…!?」

振り返ると、男の姿がない。

扉が、閉められている。

急いで開けようとするが、ガチャガチャという音がするだけで、開かない。


………閉じ込められた…!?


「おい!開けろ!」

バンバンと扉を叩く。

すると、扉の向こうから静かな男の声が聞こえた。


「…気の毒に。貴方は巻き込まれたに過ぎない。あの女の用が終われば、すぐに出して差し上げますよ」


くすりと聞こえた声に、眉をひそめる。

嫌な、予感がする。


「……あの、女……?」


誰のことを言っているんだ。

戸惑う俺に、男はふっと笑った。



「……碧色の、穢れた聖女のことですよ」






今、なんと言った?

この男は今、何を口にしたのだ。


何も言えず、呆然と男を見上げる私に、男は益々ニヤニヤと笑った。


「忘れたとは言わせない。貴女の名前だ、マリア・リズパナリ」


二度と口にされるはずのない名前が、男の口から紡がれる。