再び部屋に戻ろうとすると、さっきまで眠っていたはずの彼の姿がなかった。
どきり、と胸が鳴った。

視線を滑らせて、彼の姿を探す。
と、洗面所から出てくる姿が目に入った。

いつの間にか、目覚めていたのだろう。
開け放っていた窓越しにベランダをのぞく顔。寝不足なのか、少しやつれて見えた。


「あー、晴れたな。」
「そうだね。」


窓の前から一歩下がると、そのままベランダへと出てきた。
窓にもたれて、朝焼けの空に一筋の煙を躍らせる。

鼻につく匂いは、昔ながらの映画にお似合いで。
煙が揺れていることを除けば、スチル写真を眺めているような気にさえなる。

黙っていれば、スクリーンが二人の間を隔ててしまいそうで。


「寝坊したんじゃない?」

私は、芸術のような世界を壊すように声をつむぐ。
彼は、いつもと変わらぬ気だるそうな微笑を浮かべていた。


「……もう、始発は出ちゃったか。」
「そうだね。」

時計をみると、そろそろ短い針が6に到達しようとしている。
何かに区切りをつけるように、彼は空へと真白い吐息を吐き出した。

「そろそろ、……行くかな。」
「ん。」
「……またな。」

少し上の空に言ってから、彼は部屋の中へと戻った。
彼はやさしい。
いつでも私の元を去るときに、別れの言葉は使わなかった。
だから、私も応えるように、次の約束は取り付けない。

今までも、……これからも。