魔王に甘いくちづけを【完】

言いかけて、何故か口を噤んだラヴル。

その顔が肩に埋められる。

その拍子に、少しだけ拘束が弱まった。

深呼吸して足りなくなっていた酸素を補うユリア。

そんな状態なのも構わず、再び拘束が強まりはじめる。


鬼のライキを倒すほどの腕力。

ほんの少しの力加減でユリアの命など、どうとでもなる。


加えてさっきのラヴルの言葉。

日頃の言動から考え合わせ、その先を想像すると、大変なことが自分の身に起きそうで何とも怖い。



「ラヴル・・・お願い・・・もう少し・・力を緩めて。でないと、話せないわ」



懇願するように言うと、首に埋められていた顔がハッとしたように上げられた。

と同時に、腕の力が緩まっていく。



「無意識に力を入れ過ぎていたな。悪かった、苦しかっただろう。少し、考え事をしていた」



優しさを含んだ声色で言うと、ラヴルはさらに力を緩め、掌で背中を摩り始めた。

ようやく息が楽になり、顔を上げることが出来たユリアの瞳に映ったのは、目覚めた時と変わらないままの厳しい表情。

でも、背中を摩る掌は優しくて。



「何があった?」



問いかけてくる声も優しくて。

勘違いしてしまいそうになる。



「あの時・・・ノックの音がして―――」



あのノックの音から始まった不思議な出来事。

話して聞かせるうちに、ラヴルの眉間に深い溝が入り、漆黒の瞳が赤く染まっていった。




――――パン!!―――パン!!―――



「きゃぁっ」



静かな部屋に響いた大きな破裂音。

テーブルの上に置いてあった水差しとコップが、粉々に砕けた音。

それから満杯に入っていた水が飛沫をあげて飛び散り、テーブルから床にぱたぱたと雫が零れ落ちていく。


突然のことにビクッと震えた華奢な体をそっと支え、再び背中を摩るラヴル。




「ユリア、私だ。すまなかった。つい―――・・・驚かせたな」



開け放ってあったテラスの窓が音もなく動き、閉じられていく。


ユリアがここに来てから一度も閉められたことのない、大きな窓の重厚なカーテン。

それがスーと動き、閉められていく。

やがてそれは、一分の光りの漏れる隙もないほどに、窓をぴっちりと塞いでしまった。