魔王に甘いくちづけを【完】

―――これの中身が何故かとても気になる。


これにはとても魅力的なものが入っている気がする。


開けてみようかしら。


ううん、違うわ。


私、これを開けなくちゃいけない。


開けたら、大切に持っていなくちゃいけない。


早くしないと。ラヴルが来る前に―――




焦りにも似た感情が支配する。


よく見てみると、何か紋章のようなもので重厚に封印がされている。


引き出しからペーパーナイフを取り出し、ソファに座って、焦りつつも注意深くナイフを差し入れた。



ピリ・・と音を立てて封が解かれる。


三角形に折り返されている部分を開くと、スルンと黒い影のようなものが飛び出した。



それは素早く指を伝わり手の甲に乗り、溶け込むように広がっていく。


じわじわと黒くなっていく手。


振り払う訳でもなく、その様をただ見ている、ぼんやりとした黒い瞳。




“ユリア”



誰かに名前を呼ばれた気がした。

はっと我にかえり、気付くと黒く染まり行く手が見えた。




「きゃぁっ!」


慌てて持っていた紙を投げ捨て、手でパシパシと叩き、黒い影を振り払った。

音もなく床に落ちたそれは、溶け込むようにすーと消えていく。


―――虫・・・じゃ、ないわよね・・・?


もう一度手を見るユリア。

掌も、甲も、指も隅々まで確認してみたが、黒い痕はどこにもない。


―――一体、何だったの?


床に落ちた紙を見ると、これも床に溶け込むように消えていく。

やがて何事もなかったかのように、黒い影も封書も消えてしまった。










――生気のない黒い瞳が、封書が消えた床を見つめている。


ただ一点を見つめたまま、全く動かない。


ユリアの意識は、半分そこにはなく、迫り来る黒い闇と闘っていた。


抗おうにも意識はどんどん闇の渦の中に引き込まれていく。





―――いったい・・・なに・・が・・?


ラヴル・・・たす・・け・・・て――――――





瞳が閉じられ、細く華奢な体が、ソファの上にゆっくりと沈み込んでいった。