魔王に甘いくちづけを【完】

―――ナーダったら、もうっ・・・。

あの言い方だと、まるで、私がラヴルを待っているように聞こえるわ。

確かに、昼間はラヴルに傍にいて欲しかったわ。

でも、それは得体の知れない恐怖を感じて、ただ心細かっただけなのよ?

決して、恋焦がれてる訳ではないわ。

もう、今は恐怖も薄れたもの。


今夜も来なくても、別に何とも、平気なの。



例え、他の女性の元に行ってても・・・平気・・。



“また、夜に来る”



・・別に・・・来なくても、逢えなくても・・・

平気・・なんだから・・・・。




愁いを含んだ黒い瞳が伏せられる。

白く美しい手は、揺れるカーテンを握り締めている。



ふと視線を庭に落とすユリア。

門の方から黒塗りの馬車が玄関先に入ってくるのが見える。

ゆるりと止まり、ドアが開けられる。

ツバキが飛び降りるように、元気に降り立ち、その後をラヴルが静かに降り立った。


こちらを仰ぎ見たラヴル。

あんなに遠いのに、目が合ったように思える。



ユリアの胸がトクンと脈打ち、心の中に小さなさざ波が起こる。

それはラヴルの姿を見るたびに起こる小さなもので、ユリアにはこれが何なのか分かりかねていた。

ラヴルがそこにいるだけで、何故か周りの景色が光り輝いて見える。

心にほんわりとあたたかいものが生まれ、フツフツと小さく湧き立つ。

それに耐えるように掌で胸をぎゅっと押さえた。

息が、苦しい・・・。



此方を見上げていたラヴルが視線を落とし、手を差し出している。


―――誰か、一緒にいるのかしら?


続いて降り立ったのは、フード付きのロングコート姿の人。

遠目にも、ラヴルが優しげな微笑みを向けているのが分かる。

コートから垣間見える、細く白い腕。

親密そうに腕を絡ませている姿は、知り合い以上の関係の女性に見えた。


胸がチクンと痛み、心の中にどろりとしたものが生まれ出る。


見たくないのに、二人が視界から消えるまで、目を離すことが出来なかった。