魔王に甘いくちづけを【完】

「えぇ、用があって此方に来たのよ・・・でもね、困っていたのよ。なぁに、この強固な結界は・・・。近付くだけでピリッと痛むなんて、普通じゃないわ。参ったわ、どれだけ強いのよ。門の中に入れなくて、屋敷を尋ねようにも、どうにもこうにもならないじゃない。近くに見張りらしき使用人も誰もいないし・・・ラヴルは、馬車の中なの?」


シンシアは、月光を受けて鈍く光る馬車をちらりと見やった。


――出来れば屋敷の中に入れて欲しいけれど、こんなに警戒が強いもの、ダメかしら。



馬車に近付くシンシア。

馬車のドアが開くのが見える。

最上級の微笑みを作り、出来うる限りの色香を瞳に乗せて、降り立っていたラヴルを上目遣いに見つめた。


こうすると、ラヴルは弱いもの。

いいえ、大抵の男の方はこの仕草に弱いわ・・・。



目論見通り、ラヴルはシンシアを柔らかな表情で見つめた。



「シンシア、一人とは珍しいな。何をしに来た?」

「もちろん、貴方様に会いに来ましたのよ。あの時お約束したでしょう?今日はそれを果たしに。是非先日の続きを―――だから、いいでしょう?」


「うむ、そうだったな・・・・しかし、今日か・・・」



結界の記憶を見るのは、後で良いか・・・。

それに、ライキの報告を聞けば済むことだ。

ラヴルは瞳を伏せて考え込む仕草を見せた後、シンシアに向き直った。



「―――まぁ、いいだろう。せっかく来たんだ。一時許す、馬車に乗れ」


「はい、ありがとうございます」


シンシアはにこやかにほほ笑み、ラヴルの手を取り、馬車に乗り込んだ。






その頃、ユリアは一人きりの夕食を終えたあと入浴を済ませ、いつものように窓の外を眺めていた。

屋敷の庭は昼間と変わらずに荒れたままだったが、遠くを見やれば前と変わらない美しい景色がある。

気のせいか、昨日よりも月の輝きが増したように感じる。

遠くの水面がいつもに増してキラキラと光っている。



――薄雲が無くなったのかしら。

今夜は星もたくさん見えるわ。とても綺麗――



満天の星空。澄んだ色の半月。

いつも清んでいる空気も、心なしか増しているように感じられる。

眺めていると、初めてヴィーラに乗ったあの夜を思い出す。




“ユリア様、ラヴル様から伝言がありました。今宵は少し遅くなるそうです。夕食は先に済ませるようにと仰せつかっております。・・・大丈夫です。あの方は、必ず此方に来られますから”