魔王に甘いくちづけを【完】

ルミナの街をゆるゆると馬車が進んでいく。

見た目はシンプルだが、内装は豪華な黒塗りの馬車。

磨き上げられた車体は、月光を受けてキラリと光っている。

新品に見えるそれは、内装に上質の素材が使われ、座り心地のいいソファのような椅子が使われ、床にはふかふかのじゅうたんが敷かれている。

これは、少しでも快適に過ごせるように、とラヴルが新しく購入したもの。

誰が快適に過ごすためか、と問われれば、答えは一つしかない。

ラヴルの想い人のためだ。



その馬車が坂を登り切り前方に門の外灯が見えてきた頃、前を見ていたツバキが訝しげな声を出した。


「あれは、何だろう・・・」


目を凝らすようにして見つめ、警戒しているのか、体からは青い炎の気が放たれている。



「どうした、ライキ。炎が出ているぞ」


「すいません、つい。だけどラヴル様、門の前に誰かいます。どうしますか?」


「・・・止めろ。ツバキ、確認して来い」


「はいっ、行ってきます」




ラヴルは窓から外を見やった。

今朝、屋敷の周りに張った結界は強固なものだ。まだ綻びはない。

だが、何だろう、この焦燥感は―――



命じられ、ツバキは素早く馬車を降り、門の前にいる人影に近付いて行った。

外灯を避けるような場所で、結界に触れるギリギリのところでうろうろしている。

近付いて行くツバキに気付くことなく、落ち着きがない様子で、たまに屋敷の方を仰ぎ見てため息をついている。

特別殺気のようなものは感じられない。

だけど、何か妖しい。

フード付きのロングコートを身に纏い、ちょっと見には男か女か分からない。


――顔はよく見えないけど、ユリアを狙ってきたのか?


ツバキの青い気が、体を覆いゆらり揺らめく。



「おい、そこにいるのは誰だ?ここはラヴル様の屋敷だぞ。何か用なのか?」



身構えつつツバキが声をかけると、その人物はビクッと肩を震わせゆっくりと振り返った。

ツバキの青い炎を見て、警戒するように僅かに身構えた。

が、すぐに誰なのか分かったのだろう、ホッとしたように肩を落とした。



「・・・ツバキ、でしょう?私よ。シンシア。久しぶりね。良かったわ・・・どうしようかと思っていたの」



女らしい艶やかでいて柔らかな声。

逆光で良く分からないが、にこにこ笑っているような穏やかな雰囲気が伝わってくる。

ツバキは纏っていた炎の気を収め、息を一つ吐いた。



「シンシア様、珍しいですね。どうしたんですか。一体何の用ですか?」