魔王に甘いくちづけを【完】

怖い・・・。ここはなんだか普通じゃない。

娘の勘が“早くここから逃げろ”と言っていた。


――今なら、あの男もいないし、脚は拘束されていない。

手はまだ縛られたままだけど、ここからどうにかして逃げられないかしら・・・。


娘はキョロキョロと部屋の中を見廻した。

壁の上の方に小さな換気用の窓があるだけで、逃げられる様な窓は一つもない。

ドアも一つしかない。



――どうなるか分からないけど、ここにいるよりはましだわ。

とりあえず、あのドアから外に出るしかないわ。


娘が立ちあがってドアに向かおうとすると、廊下の方からバタバタと走って来る音が聞こえ、ドアがバッと開かれた。



「おい。移動するぞ―――ほう・・・綺麗になったもんだな」


娘の姿を上から下まで丁寧に眺め、満足げに笑った。



「嫌、こっちに来ないで。触らないで」


娘は男の手から逃れようと、部屋の中を逃げ回った。

が、手を拘束された体では上手く動かすことが出来ず、次第に壁際に追い詰められてしまった。



「観念するんだな」


「嫌!やめて」


男はここに来た時と同じ様に、再び娘の体を担ぎあげた。

廊下をつかつかと進んでいき、えんじ色のカーテンが掛けられている場所に来て止まった。



「連れて来たぞ。入っていいか」


「あぁ、いいぞ。入れろ」


中から声が聞こえてきて、娘は担がれたままカーテンの中に入った。


その中を見て娘は息を飲んだ。

見たこともないような生き物が沢山いた。檻の中に入れられている動物や、鎖に繋がれた異形の者たち。

よく見ると、部屋の隅の方に娘と同じ人間もいた。

汚い服を着て踞るようにして俯いている。



「あ、あの方は?」


「あいつは以前落札されなかったんだ。珍しい狼男なんだがな。行き場がなく、あそこでずっと蹲ったままだ」


「狼男!?」


娘は自分の耳を疑った。

狼男って何?もしかして狼に変身するっていうあの・・・狼男?

狼男は泥のついた服を着て、髪はぼさぼさのまま、何かしきりにぶつぶつ呟いていた。



「心配するな。お前はあんな風にならない。きっと高値で売れるさ」



言いながら、男はカーペットの上にクッションを置いた場所に娘を下ろした。