魔王に甘いくちづけを【完】

“セラヴィ様”



―――鈴が鳴るような凛とした声。

柔らかな微笑み。

貴女は今どこにいる?

それとも、やはり、すでにこの世にいないのか。


亡くなったと言うが、遺体はまだみつかっていない。

わずかな希望が、この身を焦がす―――



「クリスティナ・・・私は、もう、譲位した方がいいのだろうか・・・」



この世に貴女がいないならば、この国には何の価値も見出だせないのだから。

だが、譲位しようにも大臣の説得とラヴルの承諾が必要だ。


――王の義務、か。

愛してもいない娘を抱き、命を奪いながら崩壊寸前の体を何とか誤魔化す。


貴女さえいれば、こんなことはしなくてすむのに。


クリスティナ・・・・。




昼間訪れたルミナの街は、ラヴルの力により清浄な空気に満ちていた。


あちこちに白い色が目立っていたが、パートナーの色なのだろう。


ラヴルの屋敷から強く漏れる甘い香り。

あの日謁見に来た体から漂った残り香と同じもの。

クリスティナに似ているため、ケルヴェスからの報告と考え合わせ、もしやと思って訪れたが、感じる気配から別人だとも思えた。


だが、環境の変化で雰囲気が変わることはよくあること。

そう考えると、僅かな期待も同時に湧きあがる。


諦めきれない想いに焦がれる。


つい思ってしまう。



屋敷の中にいるのは、クリスティナではないか、と。



“美しい方です”


――うむ、やはり、一度会いに行き、確かめねばな・・・。



暫くの思案の末灯りをともして机に向かった。

一枚の書状を書き始めるセラヴィ。

紙の上をサラサラと動く黒い羽ペン。

王の印章を押し、丁寧に封をした。



「ケルヴェスはいるか」


「はい、ここに」


「これを届けよ。急ぎだ」


「―――畏まりました」



書状の宛名を確認するケルヴェスの体が、霧のように消えてなくなっていく。

セラヴィは窓の外を見やり、テーブルの上のワイングラスに手を伸ばした。




――もし、クリスティナであれば・・・。

ラヴルには悪いが、この手に返して貰おうぞ。

そなたがいかに大切にしておろうとも。



セラヴィの漆黒の瞳が妖しく光った。