魔王に甘いくちづけを【完】

――私がここに来たことを知れば、ラヴルは驚くだろうが・・・。

まぁ、別に知られてもかまわん。

どの道、結界の記憶でばれることだ。

うむ、しかし、この香り・・・確かに、実に似ているな。

だが―――



男は遠い記憶に思いを馳せ、愁いを含んだ瞳を閉じた。


何を想うのか、懐かしむように唇を緩ませ、何事かを呟くとゆっくりと目を開けた。





「もう、行かねば・・・ライキ、またな」


「何言ってんだ。もう、二度と来なくていいぞ」


「そう、嫌うな。この私に、そんな口をきくのはライキだけだな。実に面白い――」



重低音の笑い声が遠ざかって行く。

ライキは、昂る気と瞳の赤い炎をすぐに消すことが出来ず、暫くその場に立ったまま、男の去った方を睨みつけていた。









―――坂の下で馬車の傍らで佇む背の高い人影。

男が近づくと、丁寧に頭を下げて馬車のドアを開けた。

頭を上げると、坂の上に赤い炎のような気が揺らめいているのが見えた。



「――っ・・・あれは、ライキですね?」


「あぁ、少々怒らせてしまったようだ。奴は怖い者知らずの恐ろしい鬼だ――あれは、そなたでも敵わんぞ。なるべく怒らせんことだ」


「・・・はい。――――あ、それはそうと、いかがでしたか?」


「うむ・・・報告の通り、感じる気配は似ている。だが、恐らく別人だろう―――まぁ、実際会ってみないと分からんがな」


「では、一度、お連れ致しましょう。お会いになった方が宜しいです。大変美しい方ですよ」


「――うむ・・いや、いい。何もするな」



―――私から、会いに行く―――



男は屋敷の方を振り返り見て静かに微笑み、馬車に乗り込んだ。