魔王に甘いくちづけを【完】

ライキは慎重に近付いて行った。

結界は最高に強いけど、もしかしたら簡単に通り抜けてしまうかもしれない。

結界自体を無効にしてしまうかもしれない。

頭に浮かんでいる者は、それほどに強い相手だった。

ライキは木の傍に立ち、向こうにいる者に声をかけた。



「そこにいるのは、誰だぁ?」



「うむ・・・ライキか。久しいな。今飛び立ったのはヴィーラだな?」



木の向こうから、低いが耳に良く響く声が聞こえてきた。


ルミナの街くらいなら、ほんの少しの発声で、隅々まで響かせることのできる、それ。


お腹にズシと響く重い声色。


こんな声の持ち主は、国中探しても一人しかいない。



「やっぱり、あんただったか」



気配を抑えていても、漏れて来る、静かな恐ろしい威厳。

抑えてなければ、生あるもの全てを凍りつかせるよう。

この雰囲気はラヴルにも似ているが、桁が全く違う。



「何で、ここにいるんだ?ラヴル様なら、今いないぞ」


「分かっている。所用でルミナに来たついでに、少し立ち寄ったまでだ」


「所用?ほんとかぁ、嘘っぱちだろ?」


「本当だとも―――しかし、この結界、前に来た時と随分違うな。妙に強固だ。私も迂闊に近付けん。よほど守りたい者が中にいるとみえる」


「そりゃぁ、当然だぞ。ラヴル様の大事な人がいるからな。それにだ、この俺が、留守を任されてるんだ。もし、あんたが結界を破っても、俺が絶対に中に入れないからな」



ライキは両掌を握り締め、瞳に赤い炎を滾らせ睨みつけた。


戦闘態勢に入り込んだライキに対し、木の向こうからは焦りも殺気も漂ってこず、最初と変わらない気配のままそこにいる。



「ふふっ・・相変わらずライキは怖いな。殺気は、そんなに簡単に放つもんじゃないぞ。・・・だが、甘いな。そんなんで私に敵うと思ってるのか?」


「っ、当然だぞ。俺が負けるのは、ラヴル様だけだ」


「ラヴルか、そうだったな・・・おっと、冗談だ。別に何もしやしないよ。無理に中に入るつもりもない」



ライキの放つ赤い炎のような気が、結界の外まで出てくるのを見て、急いで両手を軽く上げてヒラヒラさせて見せ、敵意のないことを示した。


が、ライキの気は増すばかりで一向に収まる気配が無い。



「そう怒るな・・・私は戻るとしよう。そろそろ騒がれる。あぁ、このことはラヴルには―――いや、ま、いいか」