魔王に甘いくちづけを【完】

それは、お馴染みののんびりとした口調ではなかった。

しかもいつもより声が低くて小さい。

その様子からかなりの緊迫感が伝わってくる。

ユリアはヴィーラの鼻から手を離し、ライキの方に向き直った。


「ライキ、何か・・・来たの?」



そう問いかける声が少し震えていた。

イヤでも目に入る、昨夜のままの荒れた庭。

もしかしたら、またこんな風になるかもしれない。

ラヴルが結界を張り直したから、もう終わったと思っていたのに。


“ユリアを守るためだ”


――ラヴル・・・私、怖い・・・。


心に浮かぶ、ラヴルの妖艶な微笑み。

ドキドキするけど、何故か安心する腕の中。


あの腕の中に入りたい。


あの声で“大丈夫だ”って言って欲しい。



でも、貴方は今ここにいない――




“きっと大丈夫、平気だから”と、何度も自分に言い聞かせても、怖くて体が震える。


得体の知れない恐怖で体が覆われて固まり、全く動くことが出来ない。


そんな気配を察したのか、うにうにと動き回るヴィーラの触角が、小刻みに震える体を庇うように包み込んでくれた。



「大丈夫だぞ、ユリア。さっき張ったラヴル様の結界は、最高級に強いぞ。他所者は絶対入って来れない。だけど、一応念のためだ。それに、この俺、いるだろう?なんてったって、ラヴル様に頼まれてるからな!絶対守る。だから、ドンと任せろ!」



“留守の間はライキが頼りだ。いいか。しっかり頼んだぞ”



ライキは絡みついたヴィーラの触角を剥がし、ユリアの震える背中をそっと押して屋敷に入る様に促した。

見上げている黒い瞳が不安げに揺れている。



「ユリア、怖いかぁ?脅かしてごめんな。さ、早く部屋に戻れ」



震えながら屋敷に入るのを見届け、ライキは目を閉じた。



――うん、俺、この気配は誰だか知ってるぞ。

前に会ったことある。

ラヴル様がいない間に来るなんて、おかしなことだ。

狙いはやっぱり、きっと、ユリアだぞ――



「ほら、ヴィーラ、行けっ」



ライキがヴィーラの横腹を掌でぺしっと叩くと、翼をバサリと広げふわっと飛び立った。


ぐんぐん上昇する体が結界を超えて空に戻ったのを確認すると、気配のする方角を睨みつけた。



――こんな緊張すんのは久々だな。

さっきからずっとあそこにいる。

気を抑えてるけど、俺はごまかせねぇぞ。

あの木の向こうだ――