魔王に甘いくちづけを【完】

腕の中の体をゆっくり起こし、昂る気持ちをなんとか沈め、ユリアの顔を覗き込んだ。


「ユリア・・・また夜に来る。それまでいい子にしてるんだぞ」


ぼんやりとした潤んだ瞳で、無言で頷くユリアの頬に指先でそっと触れ、頭をポンポンと優しく叩いた後、ラヴルは足早に部屋から出ていった。


『ツバキ、行くぞ』

『はいっ、今行きます!』




ラヴルと入れ替わりに入ってきたナーダ。

まだ心ここにあらずの様子のユリアを見て、腰に手を当ててため息を吐いた。


――もう、ラヴル様ももっと手加減なさればいいのに・・・。


体を揺さぶり、大きな声で言った。


「ユリア様、お早くお食事なさってください」










ラヴルがツバキと一緒に屋敷を後にした数刻後―――

屋敷の傍、強固に張り直された結界の外でこっそりと佇む一つの人影があった。

黒い瞳の見つめる先には、不用心にも窓が開け放たれた大きな部屋。

そこから結界の外まで僅かながらにも漂ってくる何とも言えない甘い香り。

ユリアが放つ香しい香り。



こんなに極上の香りを放つとは・・・。

残り香が漂うのも無理はない。

やはり思った通りの者が屋敷の中にいる。

ラヴルはどうやって手に入れたのだろうか。

それが不思議でならない。



キラリと光る結界に指先を当ててみた。

途端にビリビリとした電気のようなショックが体中を駆け巡り、苦悶に顔を歪める。

慌てて手を引っ込めると、指先はやけどをしたように真っ赤に腫れあがっていた。

体は痺れてしまい、少しの間はまともに動けそうにない。



「・・・チッ・・・流石だな。力が弱まる昼間でもこんなモノが張れるとは。これでは容易に近付けん」



結界を睨みつけ、さてこの先どうやってこれを突破しようかと思案を巡らせていると、のんびりとした口調の男の声が聞こえてきた。



「おい、そこに誰かいるのかぁ?もしいるならこの俺が追い払うぞ。だから、逃げるなら今のうちだぞ。なんと言っても、この俺、結構強いからな」



――っ・・この声は、鬼のライキ・・・。

そうか、こいつがいたか。これは、まずい・・・。



まだ痺れて動きづらい体を叱咤し、這うようにしてその場を離れた。


今はまだ見つかるわけにはいかない。


待たせていた馬車に乗り込むと荒い息を整え、車窓から広大な屋敷を仰ぎ見た。

暫く睨むようにしたあと、従者に命じた。



「戻る。出せ」



馬車は静かに進み出し、坂をゆるゆると下って行く。



“連れて来い”



ラヴルはこのことをまだ知らない。

いや、知られてはならない。

秘密裏に動かなければ―――